2016年7月19日

Q:会社を退職する日に、同業他社への就職をしないという誓約書を差し入れるように要求され、サインをしてしまいました。これにサインをしなければ退職金を出さないと言われてやむを得ずにサインをしたのですが、やはり同業他社への就職はできないのでしょうか。


A:そのようにして作られた誓約書は違法無効で、同業他社に就職できる可能性が高いです。
  

(解説)
労働者には、憲法上、職業選択の自由が保障されているので、原則として、退職後、同業他社への就職をすることが可能ですし、事業を自ら起業することも可能です。
もっとも、誓約書にサインがしてある場合に、例外的にこの自由が制限される場合があります。
  
一般論でいえば、会社にとって「秘密」と呼べるような情報の流出を防ぐという正当な目的があり、労働者が退職前に当該秘密に接するような地位・業務に従事しており、禁止業務の範囲・期間・地域が限定されており、かつ、労働者の自由を制限することへの相応の対価を支払っているような場合に、誓約書が有効となるといえます。
  
相談内容にあるように、本来支払うべき退職金を持ち出して誓約書にサインさせるような場合、そもそも自由意思によらないサインがあるのみで、誓約書は無効となるでしょう。また、期間や期限などを限定していないことも、誓約書が無効となる方向に働く事由といえるでしょう。
  
ただし、会社から不正に持ち出した顧客情報を使用する行為は違法となる恐れがありますのでご注意を。
  
判断に迷われた場合には遠慮なく当事務所までご相談ください。
(弁護士 中峯将文)

2014年10月2日

◆司法書士が全面勝訴-司法書士による本人確認はどこまで必要か(弁護士三上孝孜)


■ 司法書士が、抵当権抹消登記の際、本人意思の確認をしなかったとして、損害賠償請求された事件で、司法書士に責任がなかったとして勝訴しました。私は、司法書士側の代理人です。

  

■ 原告(女性)は、息子の友人の社長が経営する不動産会社に5億円を貸付け、不動産会社の土地に抵当権を設定しました。数年後に、社長は、新たに別の金融会社に融資を頼みました。新たな融資を受けるためには、最初の抵当権を抹消する必要がありました。

被告の司法書士は、金融会社から頼まれて、原告の抵当権抹消と新たな融資に伴う金融会社の抵当権設定の二つの登記を依頼されました。

司法書士は、原告(抵当権抹消の当事者本人になる)が取引当日に取引場所である金融会社に来るものと思い、その場で直接、登記意思を確認しようと思っていました。

ところが、取引場所には、社長とその友人である原告の息子しか来ず、原告は来ませんでした。しかし、社長と息子は、原告の委任状と抵当権の権利証(登記済み証)を持参しました。そして、原告は急用で来れなくなった、と説明しました。

司法書士は、原告の意思を直接、確認出来ず、不安がありました。しかし、社長及び原告の息子とは、初対面ではなく、以前に登記取引をしたことがあったので、2人を信頼して、抵当権抹消登記をしました。数年後、不動産会社は倒産し、社長と息子は行方不明となりました。

不動産会社倒産後、原告は、抵当権が抹消されていることに気付きました。原告は、権利証は社長と息子が、無断で原告の自宅から持出したものであり、委任状は偽造されたと主張し、司法書士と金融会社に対し、5億円の損害を被ったとして、その損害の内金8千万円の損害賠償請求を大阪地裁に起こしました。

  

  

■ 司法書士が登記をする場合、原則として本人意思を確認する義務があります。しかし、登記の迅速性の要求との兼ね合いで、どのような場合に、本人意思確認を怠ったとして、損害賠償責任があるかについては、責任を認めた判例や、否定した判例があり、裁判所の判断が分かれています。専門家責任訴訟の一分野です。最近の司法改革で、司法書士の権限が拡大されましたので、その責任が厳しく問われる傾向があります。

  

■ 私は、司法書士の代理人として、権利証と委任状が持参されたことなどを強調して、原告の意思を疑う事情がなかったので、司法書士に責任はないことを強く主張しました。

果たして、大阪地裁の判決は、司法書士の主張を採用し、原告の請求を棄却しました。その理由は、司法書士は、社長やその友人と以前から面識があったこと、その友人は原告の親族に当たるとの説明を登記前に受けたこと、権利証と委任状が持参されたことなどから、原告の登記意思を疑うに足りる事情はなかったとし、原告の意思を直接、確認するまでの義務はなかったとしました。

  

■ 原告は控訴しました。司法書士は高裁でも勝訴の展望はありましたが、裁判所から和解勧告もありましたので、地裁の勝訴判決を前提にして、少額の解決金を支払うことで和解解決しました。

  

■ 被告とされた司法書士は、「勝てると思っていたが、地裁で全面勝訴判決が取れて、うれしかった。そのうえ、高裁でわずかな解決金の支払いで解決して本当に良かった。」と喜んでおられました。

私も勝利的解決が出来てとても良かったと思いました。

2014年5月9日

◆憲法講師の「出前」を引き受けます(弁護士小林徹也)


■ 今,日本国憲法の議論がマスコミをにぎわせています。

「解釈改憲」,「集団的自衛権」,「秘密保全法」,「残業規制の撤廃」など,多くの重要な話題が,憲法との関連で語られています。

  

■ 憲法って何?

 言うまでもなく,今の憲法を批判する安倍さんが首相でいられるのも,憲法で定められた仕組みにより選ばれたからです。

 では,その憲法とは何なのでしょう。

 そもそも何を目的として作られ,それぞれの条文は何を目的に定められているのでしょうか。

 毎日の新聞を読んでいても,このように,全体として,憲法を理解するのは難しいかもしれません。

  

■ 私たち弁護士は,司法試験を通るために,嫌でも憲法を勉強しなければなりませんでした。

 そこでは,現実の社会に起きうる様々な問題について,憲法のどのような原則が問題となるのか,ということを体系的に論じることを学びました。

 「餅は餅屋」と言いますが,大工をしている方がのこぎりの使い方に長けているように,調理師の方がフライパンの使い方に長けているように,美容師の方がはさみの使い方に長けているように,私たち弁護士も,少しは憲法の使い方に長けていると思います。

 特に私は,中国残留孤児国家賠償請求訴訟,大阪空襲訴訟など,憲法が直接の争点となる訴訟に関わってきました。

  

■ 私自身は,日本国憲法は,一人一人の個人を大事にすることを目的として,第二次世界大戦を含む人類の長年の歴史の中から経験で培われた原則を,体系的にまとめたものだと考えています。

 従って,憲法を理解するためには,まずは憲法が何を目的にしているのかを知る必要があります。

 ここがはっきりしないと,何のために議論をしているのかわからなくなってしまいます。

 次に,憲法の背景となっている,歴史的な事実をある程度知る必要があります。

 憲法に書かれているから守らなければならないのではなくて,守らなければならないことが憲法に書かれているのです。

   

■ ただ,文章だけではなかなかわかりにくいと思います。

 そこで,ご希望があれば,無料で憲法の出張講師を引き受けさせていただきたいと思います(人数や時間に制限はありますが,当事務所にお越しいただいてもかまいません)。

 数人の方が対象でも構いませんし,多くてももちろん構いません。小学生の方でも,ご高齢の方でも構いませんし,短時間でも長時間でもできるだけ対応します。憲法を守るべき,と考えている人だけでなく,憲法は変えたほうがよい,と考えている方からの依頼でも構いません。

 遠慮なく御連絡ください。

2012年11月13日

◆契約書に判をつくということ-ライフサポート事件(弁護士平山敏也)


マンション管理組合から依頼された事件で、このたび、勝利判決を得ました。

 

事案の概要は以下のようなものです。新築のマンションが販売された際、売買契約書に「売り主が業者に委託してライフサポートというサービスを行う」 「売り主と業者の間で締結するライフサポート業務委託契約における売り主の地位をマンション管理組合が引き継ぐ」「ライフサポート契約は10年間解約でき ない」などとする条項が入っていました(紛れ込まされていたと言った方が適切かもしれません)。このサービスの内容については、健康診断や医療サービスな どがあるということでしたが、詳しくは分かりませんでした。マンション購入者は、売り主を信頼して売買契約書に署名・押印したのです。

 

ところが、その後開始されたサービスなるもの、月額61万円もの業務委託費を取りながら、2ヶ月に1度簡単な健康診断もしくはセミナーが行われる程 度のあまりにも杜撰なものだったのです。これではライフサポート業務委託契約書(マンション住民の知らないところで勝手に作られたいい加減なものですが) の内容さえ満たしていません。そこで管理組合はサービス主体との間で話し合いをしてサービスのきちんとした履行を求めたのですが、その後に至るも一向に サービス内容は改善されませんでした。

 

このような「サービス」で10年間合計7400万円もの業務委託費を取られてはたまりません。本来、本件のような契約(準委任契約)は当事者間の信 頼関係が維持されることを前提としているものですから、いつでも解除できるのが原則です(民法651条)。本件では「10年間解約できない」とした契約書 が作成されている点が気になりますが、永遠の契りを交わしたはずの結婚であっても離婚という制度が認められているではありませんか。このようなサービス契 約の解除など当然に認められてよいはずです。

ですから、管理組合は契約を解除した上で、業者に損害賠償請求の裁判を提起しました。これに対して相手方から は、解除は認められないので未払いの業務委託費を支払えと逆に訴えてきました(反訴)。

 

裁判の中では、相手方の主張が二転三転し、証人尋問では数々の矛盾点が明らかになるなど、デタラメなサービスぶりがはっきりしました。ですから、私 としては「いける」と踏んでいました。しかし、1審裁判官の考えは「10年間の契約をしたのだから仕方がない」というものだったようです。

1審判決は完全敗訴でした。自分を信頼し、依頼してくれた住民の皆さんが総額7400万円ものお金を支払わなければならないという重すぎる判断に、 目の前が真っ暗になり、一時は本当に眠れませんでした。しかも、追い打ちをかけるようにインターネット上のマンション掲示板に「弁護士を変えるべきだ」な どという意見が……。

 

しかし、一方に勝者がいれば他方に敗者があるのは世の常です。判決内容は決して説得的なものではありませんでしたので、「まだ控訴審がある」と気持ちを奮い立たせました。

控訴審では60頁の控訴理由書を書いて、1審判決を徹底的に批判しました。自分で言うのもなんですがこれはなかなかの力作で、これによって住民の皆 さんの信頼も回復することができたと思います。その控訴理由書がよかったのか、元々1審判決が無理筋だったのか、高裁裁判官の心証はこちらにとって大変に よいものでした。

控訴審判決では、契約の解除が認められ、債務不履行による損害賠償請求についても既払い額の4分の1の限度で認められました。

相手方は上告・上告受理申立をしてきたのですが、このたび上告棄却・上告不受理の決定が届き、4年に及ぶ紛争に決着が付きました。

 

それにしても、考えさせられるのは契約書に署名・押印することの重みです。マンション売買契約書に本件のような危険が潜んでいるとは、通常誰も思わ ないでしょう。しかし、契約社会においては「そんなことがあるとは思わなかった」という言い分をなかなか認めてはくれません(実は今回の裁判でも契約自体 無効の主張をしていたのですが、これは認められませんでした)。

今回のケースでは、実施されたサービスの内容が余りにも杜撰だった事から無事解決ができました。しかし、もう少しましなサービスが行われていたら ――形式的にはサービスの形が整っていたら――どうだったでしょうか? その「サービス」が対価には到底見合わないような内容のものだったとしても、契約 を打ち切ることは難しかったかもしれません。

 

契約書に署名・押印する際には、内容にしっかり目を通し、少しでも疑問に感じたら詳しい説明を求める、それでも納得がいかなければ弁護士などの専門家に意見を求める、といった慎重さが求められます。

2012年10月30日

◆家庭内紛争と解決(弁護士三上孝孜)


最近、相談を受けたり、裁判を依頼されたりしたケースの中で、親子間の金銭贈与をめぐる紛争や相続をめぐる紛争などの家庭内紛争が増えています。

私が担当した裁判では、70歳代の母親が、50歳代の長女に対し、数年前に贈与した多額の現金(銀行から下ろした預金)の返還請求の裁判を起こしてきたケースがあります。

贈与した当時の母親の気持は、長年、世話になってきた長女に対する感謝と長女と同居している孫娘の将来の結婚資金として、預金を贈与したと思われるのです。母親は、銀行へ、長女と一緒に行き、預金を下ろして、長女の口座に振り込んで贈与しました。

ところが、その後、母親は、贈与を否定し、長女が、無断で自分の預金を下ろしたと主張してきました。そのバックには、長男(長女の弟)の反発と返還請求の勧めがあったと思われました。

私は、長女の代理人を務め、贈与の有効性を主張しました。地裁の判決では、長女への贈与の有効性が認められ、長女が勝訴しました。地裁判決に対し、母親が、大阪高裁に控訴しました。高裁では、裁判官の和解勧告があり、長女が譲歩し、贈与の有効性を前提として、ある程度の預金を母親に返還することで和解が成立しました。こうして事件は円満に解決しました。

ほかにも、母親が、娘や息子を訴えて、過去に贈与した金銭の返還を請求するケースがあります。

これらの紛争の原因はどこにあるのか、どのような解決が妥当なのか、色々と考えさせられます。紛争の原因として、高齢者の記憶・判断能力の減退、背後にいる娘、息子間の利害対立、将来の相続をめぐる争い、介護問題などがあるように思われます。

これらの家庭内紛争を解決するためには、弁護士にも、法的な判断のみならず、円満な家族関係を取り戻すための、健全な良識が求められるように思います。

2012年10月30日

◆全社員販売とWEB学習の業務性を争いました(弁護士平山敏也)


NTT西日本を被告として「全社員販売」と「WEB学習」の業務性を争いました。(弁護団は四方久寛弁護士と私)

 

原告のMさんは電電公社の時代からNTTで働いてきたベテランの電電マン(死語?)です。Mさんが行なってきた「全社員販売」や「WEB学習」に費やした時間について「これらは業務である」として残業代を求めたのが今回の裁判です。
「全社員販売」とはNTTグループにおいて行われている制度で、全ての社員が業務時間外に――機会を見繕って――知人などに様々な商品(NTTの商品や、地方の特産物、ハイウェイカードなど)の販売をするものです。これによる利益は会社に帰属します。
「WEB学習」とは、社員のスキルアップのためという名目で、会社の業務に関連するような内容の教材についてインターネット上での学習をさせられるものです。
全社員販売についても、WEB学習についても、全くの任意で行なうのであれば、特に問題はないのかもしれません。しかし、会社が労働者に対してそのような行為を勧める場合、そこには往々にして強制の契機が含まれるものです。
NTTでは2001(平成13)年4月に成果主義賃金制度が導入され、この事も相俟って、社員は「全社員販売やWEB学習をしなければマイナス評価を受け、給料を減額されるかもしれない」というプレッシャーの下、これらに取り組まされてきたのです。

 

この裁判の主たる争点は「全社員販売やWEB学習に費やした時間が労働時間と言えるのか」という点にあります。 裁判の中で、私たちは、全社員販売の目標額(実質的にはノルマ)が1人年間100万円と定められ、各人の達成額についてグラフにして競わせていたこと、上司がWEB学習によるスキルアップを求めていたことなど、会社による指揮監督が及んでいたことを示す数々の事実を明らかにして、業務性の立証をしました。
そして、全社員販売についても、WEB学習についても、チャレンジシート(社員が業績目標を設定し、会社による業績評価の資料となる書面)への記載が求められていること、これにより社員としては全社員販売等を行なわなければ減俸されるかもしれない(実際にもそうされた人がいます)との恐怖の下、会社の意向に従わざるを得なくなることを指摘しました。
これに対して会社側は、これらは任意の取組みであり、多くの社員が全社員販売で年間100万円以上の売上を達成しているが残業代を請求してきたのはMさんだけだ、などと反論してきました。
しかし、多くの社員は、会社と従業員という圧倒的な力関係の下で文句を言えずに全社員販売などに取り組んできたのであり、その中であえて勇気を振り絞って異議を唱えたのがMさんなのです。これらの事情を全く無視して、Mさんのことをあたかも不満分子のように言う会社の主張には唖然としました。

 

2010年4月23日、大阪地方裁判所は全社員販売とWEB学習について業務上の指示によるものであることを認め、Mさんがこれらを行なった時間について労働時間として残業代の支払いを命じました(労働判例1009号31頁)。これは画期的な判決だと思います。おかしな事を「おかしい」と声を上げた1人の労働者が、巨大企業であるNTTに対して勝利を収めたのです。
判決の中には次のような判示がありました。曰く「(全社員販売について)営利企業の営利活動に無償で協力するいわばボランティアがあるとは容易に想定しがたい」。当たり前といえばあまりに当たり前の話ですが、これが通らなかったのがNTTなのです。

 

この地裁判決に対し、会社側は控訴してきました。2010年11月19日に下された高裁判決は、残念ながら逆転敗訴でした(その後最高裁でも敗訴し確定)。高裁判決の理由中においては、「従業員にとっては全社員販売を行なうことは使用者の業務命令によるものであるとの認識を持つに至ったとしても致し方ないとも考えられ、(中略)控訴人(NTT西日本)は、この点で相当に曖昧な態度を取り続けたものであって、法律上の労使関係の配慮に欠けた不明瞭で不誠実な扱いをしていたものと言わざるを得ない」として使用者側の態度を問題視している部分もありましたが、結論的には全社員販売・WEB学習の業務性を否定する内容になっています。

しかし、使用者が業務命令か否か曖昧な態度をとって、それにより従業員が業務命令であると認識を持ったのであれば、それはまさに業務命令によるものと評価すべきでしょう。そうでなければ、使用者としては曖昧な態度を取っていれば(仕事をさせながら)残業代の支払いを免れられることになりかねません。

これは極めて不当な判決であったと思われます。

 

最近、「自爆営業」という言葉をよく耳にします。これは、全社員販売のような形でノルマを課された従業員がやむなく自分で商品を買い入れること(それを金券ショップに買い取ってもらったりする)を言います。NTTグループにおいても自爆している人は相当いたと聞いています。

このような働かせ方が許されてはなりません。Mさんの裁判は残念ながら負けてしまいましたが、それでも判決は「全社員販売」を常に合法と認めたわけではなく、それが業務命令としての性格を持つのであれば賃金を支払わなければならない(賃金を支払わずにさせれば違法である)事は当然の前提になっています。

労働者が人間らしく働けるよう、これからも闘い続けたいと思っています。

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