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2015年3月27日

◆面会交流で「苦しむ」子どもたち(弁護士小林徹也)


■ 以前にも書いたのですが,面会交流で紛争になる事例が増えているように思います。

面会交流をどのように捉えるべきか,親の権利なのか,子ども自身の権利なのか,いろいろな意見があります。そして,近年は,これを子どもに重点を置く権利と捉える傾向にあります。

  

■ ただ,子どもの「真意」を把握するのはとても難しいことだと思います。

 こんなことを言うと,大きな反論が来るかもしれませんが,たとえ専門家と言えども,子どもの「真意」などというものは明確には分からないと思います。

 さらに,子どもの「真意」と,客観的な子どもの「利益」が必ず一致するわけではないことも,問題を難しくします。

  

■ こんな風に説明すると,私の言いたいことが分かってもらえるでしょうか。

 おもちゃ屋の前で,「あのおもちゃが欲しい」と言って泣き叫ぶ子ども。この子の「真意」はおそらく「あのおもちゃが欲しい」ということに尽きるのでしょう。

 では,その「真意」のままにおもちゃを与え続けることが,客観的・長期的にみて,この子の「利益」になるでしょうか。我慢するという訓練がなされないままに成長することが,この子の「利益」にならないことは容易に分かってもらえると思います。

  

■ 面会交流の際も同様ではないかと思うのです。

 「お母さんを苦しめたお父さんとは会いたくない」と子どもが言った時,その言葉を文字通り受け取って,お父さんに合わせないことが,本当にその子にとって「利益」になるのかどうか。きちんと自分の父親と向かい合って,欠点も含めて受け止めたほうが,「客観的・長期的」には「利益」になるのではないか,と思うこともあるのです。

 ただ,さらに問題を難しくするのは,子どもは,必ずしも,「真意」をそのまま言葉にしない(あるいは出来ない)ことです。

 日頃,父親の悪口を言っている母親の手前,会いたくても会いたいとは言えない場合もあります。逆に,母親が「父親ときちんと向かい合うべき」という方針を持っており,その気持ちを敏感に察する子どもが,会いたくなくても「会いたくない」と言えないこともあります。

  

■ 正直に申し上げると,依頼者の皆さんとの僅かな打ち合わせなどでは,到底,子どもの「真意」も「利益」も十分には理解できないのです(それは裁判所であっても同様だと思います)。

 そして,このような紛争の中にいる子どもは,多くの場合,その年齢からして,驚くほど,そして悲しいほど,「おとな」です。

  

■ このように,面会交流の事件について,私は,「真の解決」をすることができないかもしれません。いろいろな問題を提起して,皆さんと一緒に考え,悩むことしかできないと思います。

 

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