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2019年12月5日

◆保険金請求事件で高裁勝訴~免責約款該当性を認めず~(弁護士 平山敏也)


1 損保会社(以下では「A社」といいます)を相手にした裁判で、1審に続き高裁でも勝訴しました(大阪高裁判決・確定)。
事案は以下のようなものです。
依頼者のお父さん(以下では「X氏」といいます)は、小型移動式クレーン(ユニック)車を操作中に、クレーン車が倒れてしまうという事故により亡くなってしまいました。
亡くなったX氏は損害保険に加入していたので、依頼者が保険金を請求したところ、A社に支払いを拒まれたのです。

  
2 A社が保険金の支払いを拒んだ理由は、保険約款の中に免責事由が定められており、「法令に定められた運転資格を持たないで自動車等(自動車または原動機付自転車)を運転している間」の事故について保険会社は免責される(保険金が支払われない)旨が定められており、X氏の事故はそれにあたるから、というものでした。

  
 この支払い拒絶には2つの問題(論点)があります。

  
(1)1つめは、実際にはX氏は小型移動式クレーンの資格を有していたと思われるのですが、「資格証や資格を取得した記録などが見つからなかった」という理由で、無資格扱いされ、免責事由にあたるとされてしまったことです。
このような保険の免責事由について裁判で争われた場合、保険会社の方がその免責事由に該当する事実を証明しなければいけません。なので「資格を持っていたのか持っていなかったのかよく分からない」という場合には保険金を支払わなければならないことになります。

  
(2)もう1つは、約款の解釈の問題です。
そもそも、車から降りて、止まっている車に搭載されたクレーンを操作していた時の事故が「自動車等を運転している間」の事故にあたると言えるのでしょうか。もちろんクレーンの操作も「運転」と言えなくはないでしょうが、「自動車等を運転している」という言葉からイメージされる行為とは随分違う印象を受けます。
しかも、別の側面として、小型移動式クレーンの資格は比較的容易に取得できて、無資格操作の際の罰則も自動車の無免許運転の場合よりも軽微であるという事実もあります。
そう考えると、小型移動式クレーンの操作を自動車の運転と同視することは出来ないように思います。

  
 依頼者は、A社の保険金不払いに納得できず、そんぽADRセンター(損害保険についての仲裁のための機関)に申立てをしましたが、和解はできませんでした(ここで示された和解案の内容は公開を禁止されていますので、ここでは報告できません)。
そこで、当職と中峯将文弁護士が受任して、保険金請求訴訟を提起したのです。

  
5 裁判では、主として上記の第1点について争われました。

  
(1)小型移動式クレーンの資格の記録については、建前としては指定保存交付機関(厚労省から委託を受けた民間の機関)もしくは現在教習を実施している機関に保存されている形になっています。
そこで、A社は「X氏が資格を有していなかった」と主張して、指定保存交付機関に加えて様々な教習機関に照会をして、「X氏の資格に関する記録が見当たらない」との膨大な回答書を裁判に提出してきました。

  
(2)しかし、小型移動式クレーンの教習を行なう機関は多数あり、既に廃業している機関も多々存在します。それらの機関が資格に関する記録をきちんと管理していて、廃業時に指定保存交付機関(それが出来る前は労働局)にきちんと引継ぎをしているのかについては、大いに疑問です。実際、当職らが調査した範囲でも、引継もなされないまま廃業しているケースが存在することが明らかになりました。

  
(3)もちろん、相手方の主張をつぶすだけではなく、積極的な立証活動も行ないました。当職らは、①X氏が長きに渡って小型移動式クレーンが必要な仕事に従事していたこと、②実際に操作していた場面でも上手に操作していたのを家族が見ていること、③X氏がコンプライアンスにも厳しい人物であったこと、④事件当日は別の方法で仕事をすることも可能だったのにあえて小型移動式クレーンを使用したこと、などを示して、X氏が実際に資格を取得していた可能性が高いことを明らかにしました。
  

 判決は、1審、2審とも依頼者の請求額全額を認める完全勝利判決でした。

  
(1)その理由としては、1番目の論点について、「『X氏が資格を取得していなかった』とは認められず、免責事由にあたるとはいえない」ということでした。
これは、弱い立場の側に寄り添いつつ、事案の真相を考え抜いて出された素晴らしい判決であったと思います。

  
(2)もっとも、2番目の論点(約款の解釈の問題)については1審、2審ともに、小型移動式クレーンの操作が「自動車等の運転」にあたること、従って小型移動式クレーンの資格を持たずに操作していたときの事故であれば保険金が支払われないことを認めてしまっています。これは不当な判断と思われます。
実はこの点には先例(東京地裁平成9年3月13日判決)があり、そこでも同様の判断がなされていました。今回の判決はその判断に引きずられてしまったのかもしれません。
ただ、今回の判決の当該判示は、保険会社側敗訴判決における理由中の判断に過ぎません。判決の結論に直結していない、いわば傍論に近い性格のものです。ですから裁判例としての価値は高くないと思われます。次にこの論点が問題になったときには、別の判断がなされる可能性もあるのではないでしょうか。

  
 それにしても考えさせられるのは、A社の態度です。
言うまでもなく、保険会社は多くの保険加入者から保険料を受け取って、それを保険金支払いの原資としているのですから、どのような請求であっても保険金を支払えばいいというわけでありません。例えば保険金詐欺などの不正請求には毅然とした対応が必要です。ですから、本来支払うべきでない保険金を支払わないことは保険会社として当然の行為でしょう。
そのように考えるならば、A社が当初、依頼者による保険金請求に対して支払いを拒んだことについては理解できないわけでもありません。
しかし、A社はその後、ADRで和解を拒み、訴訟の1審で裁判官から和解を勧められてこれを拒み、1審判決が出ても控訴し、高裁で裁判官から金額を示して和解案が出されてもこれを拒んで、今回の判決に至ったのです。おそらく安くない弁護士費用を使ってのことです。そこまでして支払いを拒まなければならないものでしょうか。
亡くなったX氏は、A社と契約して、亡くなるまで保険料を支払ってきた、いわば「お客さん」です。A社にとってのお客さんが亡くなって、その遺族が悲しみに耐えながら保険金の請求をしているのです。もちろん詐欺などの故意的不正請求を疑う余地は1ミリもありません。そうであれば、第三者の意見を受け入れて保険金を支払うことに、どのようなハードルが存在したというのでしょうか。
A社には企業の社会的責任について真剣に考えていただきたいと切に願います。
  
  

以上

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