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2016年1月6日

沖縄のこと


■辺野古への米軍基地移設問題

2015年12月に大阪弁護士会で開催された「日本はどこに向かうのか?partⅤ ~安保法制と秘密保護法を考える~」に参加してきました。

主には沖縄タイムズの記者の基調報告でした。

ゲート前で、機動隊が、座り込みをしている人たちを排除しようとして肋骨を骨折させたことや、辺野古の海上では、保安官が、抗議をする人たちを拘束しているところなど、パワポを使って説明してくれました。

「福島第一原発事故で出た廃棄物の最終処分について、栃木県や宮城県では住民が路上に出て強く反対したので、環境省は調査せずに引き返した。また、佐賀県での米軍オスプレイの訓練に住民が反対したので、防衛省は断念した。それなのに、なぜ、沖縄の基地問題では、こんなにも住民が反対しているのに、国は強引に建設を進めるのか、沖縄では民意が無視されている、これは差別である。」

という記者の言葉が強く印象に残りました。

  

■普天間の米軍基地に隣接する小学校の卒業生

沖縄出身で、現在は、大阪の大学に在籍中の学生さんのお話を聞く機会がありました。この方は、普天間の米軍基地に隣接している小学校の卒業生です。

この小学校では、政治家や政府関係者の視察が度々行われているようですが、平日で、しかも短時間しか視察していない政治家が「米軍機は、そんなに飛行していない。」と発言するのを聞いて、毎日、この小学校で過ごし、米軍機の爆音に悩まされていたこの学生さんはショックを受けたそうです。

小学校のグラウンドでサッカーや野球をしていると、時々、米軍基地内にボールが入ってしまうそうです。

当然、基地内はアメリカですから、『生徒が校長先生に伝えて、校長先生が役所に申し出て、役所から国に申し出て、米軍基地に伝わる』ということで、ボールが手元に返ってくるのに数日かかるそうです。

しかし、中学生になり、基地の被害を直接受けていない地域の友だちもおり、沖縄本土でも、基地の被害を受けて暮らしている人とそうでない人の間で、騒音被害や基地に対する感情など、温度差を感じたそうです。

  

■嘉手納基地爆音訴訟に関わって

数年前、私は、嘉手納基地爆音訴訟の弁護団の一員であった弁護士の担当をしていました。

昼夜問わず、基地内を急発進する米軍機の爆音に悩まされ、不眠症やうつ病を発症された方々の陳述書を読みました。中には、爆音によって難聴になった子どもや引越しを余儀なくされた家族のことなども書かれていました。

実際、どれだけの爆音なのかを知りたくて、私も沖縄に行きました。

平日の昼間、外で買い物を楽しんでいるときでした。米軍機の姿は全く見えないのに、急にものすごい轟音だけが聞こえ、身体中にその振動が伝わりました。

雲ひとつない空、米軍機の姿ははるか彼方に小さく見えましたが、轟音だけは私のすぐそばを包むように響いたのです。

これが、毎日、学校の授業中、家族団らんの食事中、熟睡中に聞こえたら、当然、不眠症やうつ病になると、痛切に感じました。

  

■もっと知りたい、沖縄のこと

今から70年前、沖縄県民が地上戦に巻き込まれ、約4人に1人が亡くなったとされています。

これまで様々な立場の方の話を聞き、また現地に行って自分が体験したことを通して、私の中で、沖縄は、雑誌に掲載されているようなリゾート地ではなくなりました。

真っ青な海と空が、余計に、70年前の戦争のむごさを感じさせます。

これからも、沖縄のこと、また自分が暮らす日本のことについて、多くの方の話を聞き、わからないことは調べ、知っていきたいと思います。

  

(事務局A)

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