○最近私が国選弁護で担当した、受け子の国際版と言えるような事件を紹介します。
香港から来日した16歳の少年が、福岡の民泊のマンションで受け取った、シンガポール発の貨物の中に、覚せい剤が入っていたというものです。
少年は日本語を話せません。
実は関空の税関が、貨物の中に覚せい剤を発見し、警察が、コントロールドデリバリーの手法(麻薬捜査の手法の一つ。麻薬の密輸を察知した場合、捜査当局はわざと押収せず、運び人を泳がせて背後の組織を一網打尽にするもの。)で、少年が受け取ったところを逮捕しました。
罪名は麻薬特例法の規制薬物受取り罪です。
○少年は、日本に観光に来たのであり、貨物の中身は知らないと言い、否認しました。勾留延長までされましたが、処分保留となりました。
ところが警察は、同じ事案に、覚せい剤の営利目的密輸入罪を適用し、再逮捕しました。
○私は、少年は覚せい剤が入っていたことを知らなかったと主張して、最初の事件の勾留に対し、準抗告を申立て、勾留取消しを請求したり、再逮捕・再勾留に対しても、準抗告を申立てたりして、熱心に弁護活動をしました。
検事からの再勾留の10日間の延長請求に対し、私が却下を求める意見書を出した結果、裁判所で、延長は認められましたが、期間は4日間に短縮されました。その結果検事は、早期に捜査を打切らざるを得なくなりました。
○少年は、否認、黙秘で、調書の署名も拒否しました。勾留延長期間満了日に嫌疑不十分で不起訴処分となり,家裁送致にもならず、釈放されました。
これらの事件では、覚せい剤が入っていたことを知っていたことが証明されないと罪にならないのです。
○この間香港では、家族が、少年は行方不明になったと心配し、警察に捜索願を出しました。
ところが、日本で逮捕されていることが分かったのです。家族は、来日して、私の事務所に訪ねて来られました。
少年は、釈放され、家族と共に香港に帰っていきました。
私は、少年に、通訳を通じて、二度とこのようなことにかかわるなと諭しました。少年は、神妙な顔でうなずいていました。
○最近、オレオレ詐欺の受け子に、事情の知らない少年を使う事件が多発しています。
今回の受け子の国際版とも言っていいような事件も珍しくありません。
○あるブティックの女性経営者が、10年来の女性顧客の洋服代の未払いに困っていました。
顧客は、洋服代を支払うときに、新しい洋服を掛買するなどしていたので、未払残高が増えていきました。
ブティックにとっては大事な顧客ですので、強く催促することを控えていました。
ところが、ある時期から顧客は、ブティックに来なくなりました。経営者は、心配して何度も手紙を送り、支払いを催促しました。それでも一向に支払いがないので、弁護士に相談して裁判を起こしました。
○これに対し、顧客は2年の消滅時効を主張してきました。最後の売買から2年が経過していたのです。
経営者は、何度も手紙で催促しているので、時効で残金が消滅することはないと思っていたのです。
裁判では、判決になれば、ブティックの敗訴が予想されましたが、裁判所の勧告により、顧客も残代金の一部を支払うことで和解が成立しました。
○現在の民法では債権の消滅時効は原則10年になっています。
ところが、例外的に、短期の時効制度があり、商品の売買代金などの消滅時効は2年です。又飲食代金などの消滅時効は1年になっています。
○消滅時効は、手紙で催促しただけではとまりません。
時効にかかりそうになると、内容証明郵便で催促し、それから6か月以内に裁判を起こせば、時効にかかりません。これを時効の中断といいます。
○なお2020年4月から民法の債権関係が大きく改正されます。
消滅時効は、債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき、又は権利を行使することができる時から10年間行使しないときに適用されることになりました。
商品売買代金などの短期の時効はなくなりました。商品売買代金などの消滅時効は、原則5年に延びたわけです。又貸金などの消滅時効も原則5年となります。
○遺言書を作る場合、通常、自筆証書遺言と公正証書遺言が考えられます。
自筆証書遺言は手軽ですが、全文及び日付を自分で書き、署名、捺印しなければなりません。なお、最近民法の相続法の改正がなされ、自筆証書遺言に添付する財産目録は、パソコンで作成したものや預金通帳のコピーなどがみとめられます。但し、財産目録には署名押印をしなければなりません。
また、執行するには、家庭裁判所の検認を受ける必要があります。
○公正証書遺言は,公証人役場で、証人2名の立会で、作成されます。
原案は弁護士などに作ってもらい、その弁護士を、遺言執行人に指定しておくというのが確実な方法です。
○いずれの方法で遺言書を作るときも、全ての遺産を、特定の相続人に相続させると問題が生じます。
相続人には、遺言書でも排除できない最低限の権利があります。これを遺留分(いりゅうぶん)と言います。
遺留分は、原則として遺産の2分の1です(但し、親や祖父母らのみが遺留分権利者の場合は3分の1)。
もっとも、遺留分の権利者は,子及び親や祖父母ら直系親族だけであり、兄弟姉妹に権利はありません。
遺言書で特定の相続人に、遺産を全て相続させると書かれていても、子あるいは親らは、遺留分の回復を求める遺留分減殺(いりゅうぶんげんさい)請求をすることができます。時効期間は原則1年です。
○私が担当したケースでは、親が、長男に全ての遺産を相続させるという自筆証書遺言を作っていました。
それを知った他の兄弟からの依頼を受け、私は、遺留分減殺請求の調停申立を家庭裁判所に起こしました。長男は、調停に応じざるを得なくなりました。
家裁において、遺産の不動産を鑑定する等の手続の後、遺留分相当部分を他の兄弟が相続することで最終的に調停が成立しました。
○遺言書を作成するときは、遺留分相当部分を、他の相続人の相続分として残しておくことが、家族間紛争の未然防止に役立つと思います。
○なお、最近の相続法の改正により、遺留分制度については、遺留分減殺請求を受けた者の請求により、裁判所が遺留分の支払いについて、相当の期限を許与することができることになりました。
また、配偶者居住権の新設などの新しい制度が導入されています。
改正された相続法は、2018年7月に公布され、法務省のホームページでは、施行期日は、原則として公布の日から1年以内で政令で定める日とされています。
遺言方式の緩和は、2019年1月から施行され、配偶者居住権の新設は、2020年7月までの政令で定める日となっています。
■認知症等により判断能力を欠くようになった方について、その配偶者や子、兄弟姉妹ら親族は、家庭裁判所に成年後見人の選任を請求することができます。
成年後見人には、家族がなることができますが、弁護士や司法書士等が選任されることもよくあります。
後見人の主な仕事は、御本人(「被後見人」といいます)の療養看護と財産管理です。被後見人が老人ホーム等に入られるときは、入所契約の交渉をしたり、また預金の入出金等の管理をします。
■私も、家庭裁判所から選任されて、成年後見人や成年後見監督人としての仕事をよくしています。差支えない範囲で紹介しますと、例えば次のようなケースがありました。
このケースでは、親の介護をめぐって兄弟間で意見が対立しました。
そこで兄弟の一人が、家庭裁判所に請求し、私が後見人に選任されました。私は、定期的に被後見人と面会したり、被後見人が入所している老人ホームとも協議をしたりして、介護状態をご兄弟に報告しました。
また、会計の収支報告も、必要な部分は、定期的にご兄弟に報告する等して、介護状態をできるだけオープンにしました。ご本人がお亡くなりになられたときは、遺産目録を作り、相続人全員にお送りしました。
相続人の方は、その遺産目録を基にして、遺産分割協議をされた結果、ご本人がなくなられた後も、大きな紛争が起こることはありませんでした。
■後見人が選任される場合には、さまざまなケースがありますが、弁護士等の法律専門家が後見人となって、被後見人の財産管理を行うことなどにより、親族間の問題を未然に防ぐことにも役立つと思います。
皆さまもお気軽にご相談ください。
■起訴前の弁護活動が重要です
市民が犯罪を犯したという疑いをかけられると,警察や検察による捜査が始まります。
必ずしも身柄を拘束されるわけではありませんが,逮捕され身柄が拘束されてしまうと,その被疑者の日常生活に重大な影響を与えます。身柄が拘束されている場合,逮捕から起訴まで長くても23日間です。
そして,起訴されると,裁判にかけられることになり,さらに長期化します。裁判になると,身柄拘束のものでも,判決まで数ヶ月から半年くらいかかることもあります。
従って,刑事弁護において一番良いのは、起訴前の段階で決着をつけて、不起訴に持ち込むことです。
■起訴前の弁護活動ではどのようなことをするのでしょう
私は,依頼を受ければ,緊急を要する事件であれば,できるだけその日のうちに、被疑者に接見(面会)し,事情をできるだけ詳しく聞き取ります。また,関係者にも連絡をし,証拠収集に努めます。
並行して,警察や検察に対し,電話や面会などで捜査の進捗や情報の収集に努めます。
警察や検察官は,捜査情報については,とかく秘密にしたがるものですが,何度も尋ねることにより,根負けして、ぽろりと重要な情報を教えてくれることがあります。
また,このように何度も連絡をすることにより,検察や警察に,「いい加減な捜査で起訴することはできない」ということを理解してもらうのです。
■不当な捜査に対する厳重な抗議
また,捜査段階で不当な自白調書が取られることが多く,これをどのように防止するかは刑事弁護人の重要な課題です。
この点,私は,被疑者から,「取調官から威圧的な取調を受けている」と聞けば,警察や検察に対して,何度も電話で抗議するのみならず,文書による申し入れを行うこともあります。また,不当な取調が行われているおそれがある場合には,できるだけ接見に行き、被疑者を励ますようにしています。
■迅速な証拠収集が大事
また,迅速に証拠を集めることが重要です。私が扱ったある事件では,私が,被疑者のアリバイを裏付ける出店時刻の記録を当該店舗に赴き確認した,僅か数十分後に警察が訪れ、当該証拠を差押えた,ということがありました。
この出店記録がアリバイを明らかにするものとなり,この被疑者は不起訴になりました。
起訴前に警察が証拠を開示することはありませんから,もし,この行動が数十分遅れれば,この被疑者は起訴され,長期間の裁判の中でようやくこの証拠を入手することになったでしょう。あるいは,検察は,最後までこの証拠を出さなかったかもしれません。
このように起訴前弁護では,迅速な行動が重要となります。
■万が一,皆さんや、皆さんの親族,知り合いが逮捕されたりした時,そして身近に信頼できる弁護士がいない時には,遠慮なくご相談ください。
2018(平成30)年6月から、刑事裁判に、司法取引という制度ができました。
財政経済犯罪や薬物銃器犯罪などについて、被疑者・被告人が、他人の罪を検察官に供述すると、検察官は、供述した者を、不起訴にしたりすることができるのです。
そのためには、検察官と被疑者・被告人だけでなく、弁護人も同意して、3者で合意書面を作ることが必要です。検察官は、警察官に、この手続に協力させることもできます。
この制度は、被疑者・被告人に見返りを与えて、検察官が証拠を得やすくしようとするものです。
ただ、被疑者・被告人が嘘を言った場合、無実の人に罪を着せることになってしまう問題があります。
私が担当した大麻譲渡事件で、被疑者の嘘で、無実の若者が逮捕されたことがありました。被疑者が、大麻所持で逮捕されたとき、友人の若者から買ったと嘘を言ったので、その若者が大麻譲渡罪で逮捕されました。被疑者は、別の先輩から買ったのに、その先輩の名前を出すのが怖かったので、友人の名前を出したのです。
私は、逮捕された若者の弁護をしました。先に釈放されていた被疑者は、嘘を言ったことを別の友人に打明けていることが分かりました。そこで、被疑者と打明け話を聞いた友人に事務所に来てもらい、被疑者から本当の話を聞きました。
被疑者は、嘘を言って申し訳ないと謝りましたので、その様子をビデオにとり、その話を供述録取書にまとめ、被疑者に署名してもらいました。
これらの新証拠を検察官に提出したところ、検察官は、被疑者に確認の上、若者を不起訴処分にしました。
司法取引にはプラス、マイナスの両面があります。
■ 電車内の痴漢えん罪事件で、不起訴処分を獲得したケースがありますので紹介します。
午前のラッシュ時、満員の電車内で、男性が、携帯を持った右手をダウンジャケットのポケットに入れて、立っていました。友人からラインが入り、バイブが振動したので、携帯を持った右手をポケットから出しました。そのとき、前の女性から「この人チカンです!」と言われ、出した右手をつかまれました。右手は女性の体に当たったかも知れません。
そのとき、横にいた男性からも、左手をつかまれました。二人につかまれて、次の駅で駅長室に連行されました。警察に通報され、女性の尻を触ったとして、私人による現行犯逮捕とされ、警察に留置されてしまいました。
■ この事件で、携帯で逮捕を聞いた友人から、私たちの事務所に緊急の連絡があり、私が相談にのりました。
すぐに警察署の生活安全課に電話をし、私人による逮捕の説明を聞き、接見(面会のこと)に行きました。本人は否認していたので、励まして、絶対に認めないように説得しました。そして警察に強く釈放を要求しました。再三の要求・交渉の結果、その日の夕刻に、友人が身柄を引受けることにより釈放させることが出来ました。検察庁に身柄付きで送致されることもなく、裁判所への勾留請求もありませんでした。
■ その後、警察での任意調べが1回ありました。検察庁に書類送検されましたが、検察官からの呼出しはなく、嫌疑不十分で不起訴になりました。
痴漢を理由に現行犯逮捕されたのに、無実を明らかにし、逮捕日の夕刻に釈放になり、早期に不起訴処分になったのです。えん罪が晴らせて、私は本人と共に喜びました。
■ この事件でのポイントは次のようなものです。
1 当日ダイヤの乱れがあったので、駅に弁護士会を通じて照会し、電車の駅発着時刻を明らかにし、逮捕された時刻を正確に特定できた。
2 その時刻ころに、本人と友人のライン記録が残っていた。
3 携帯を持った手が女性に当たったとしても、そのような状態で女性の尻を触れないことを明らかにした。
4 逮捕された数時間後に接見が出来て、動揺している本人を励まし、自白を防げた。
5 何度も釈放要求し、速やかに釈放させることができた。
6 ポリグラフ(嘘発見器)検査をするとの警察要求を拒否させ、応じさせなかった。
■ この件は良い条件が揃いましたが、不幸にも痴漢を疑われて逮捕されたときは、すぐに当番弁護士などに依頼すると共に、警察官から自白を迫られても、絶対に認めないことが大切です。
◆ 近ごろ、親の遺産相続をめぐって、兄弟姉妹の間で紛争になるケースの相談をよく受けます。
身内のもめごとは、他人同士の紛争よりやっかいです。
両親のどちらかが存命のときは、あまりもめなくても、二人とも亡くなってしまうと、よくもめることがあります。
◆ 遺産分割協議が円満にまとまることもあります。まとまらないときは、家庭裁判所の調停で解決することになります。
調停は話合いですから、調停がまとまらないときは、家庭裁判所の審判という裁判手続で、裁判官が決定することになります。
◆ 親の立場からすると、自分の死亡後に、子らが遺産相続をめぐって、紛争にならないようにしたいものです。
一番良い方法は、親が元気な間に、遺言書を作っておくことです。そして、その内容を子どもたちに説明しておくことだと思います。
◆ 遺言書は、自分で作成することができます(これを自筆証書遺言といいます)。ただし、全文を自署し、日付及び氏名も自署し、印鑑を押さなければなりません。ワープロで作った遺言書は無効です。
◆ 遺言書を確実に作ろうと思えば、公正証書遺言がおすすめです。
これは原案を作り、公証人(元裁判官や元検察官)の役場に持参して、公正証書に作ってもらうものです。原案を作るときは、弁護士に相談したり、遺言執行人を弁護士に指定しておくということもできます。
◆ ただ、親や子どもは、遺留分といって、一定の相続分を受取る権利があります。親だけが相続人のときは、全体の遺産の3分の1、配偶者や子どもが相続人のときは全体の遺産の2分の1です。
できれば、これらも考慮して遺言書を作っておくことが、家族の紛争の予防になるでしょう。
■ 2015(平成27)年3月、アメリカ、イリノイ州のシカゴに行きました。日本弁護士連合会の死刑問題調査団に参加したのです。
■アメリカでは、州の自治権が強く、死刑を廃止している州が約3分の1あります。
私が訪問したイリノイ州では、死刑の誤判が明らかになったことから、知事が、2000年に死刑の執行停止をし、任期終了直前に、164名の死刑囚全員を終身刑(仮釈放なし)に減刑し、大きな話題を呼びました。
その後、新しい知事の下で、死刑廃止法案が提案され、2011年に州議会で死刑廃止法が成立しました。最高刑は死刑ではなく、終身刑(仮釈放なし)となりました。
私たちは、シカゴで、アメリカ法曹協会(ABA)の死刑弁護プロジェクトの女性弁護士、死刑に反対している犯罪被害者遺族の会の女性、ノースウエスタン大学の誤判救済センターのメンバー、元検察官などに会って、死刑廃止運動や廃止後の犯罪情勢などについて、色々な話を聞きました。
日本でも読者の多い小説「推定無罪」を書いた弁護士作家のスコット・ツロー氏とも面会しました(同氏は元検察官で、弁護士になってから死刑事件で無罪を獲得したことから、死刑廃止論に変わったと言っておられました)。
また、終身刑の受刑者を収容している刑務所も見学しました。
■現地で分かったことは、死刑廃止後も犯罪率に変動はなく、凶悪事件は、むしろ減っていたということです。一方、終身刑者の処遇は、刑務所とはいえ、人道的とは思えませんでした。
犯罪大国のアメリカでも、死刑廃止州が増えつつあります。廃止州の方が、存置州に比べ、犯罪は少ないとの話も聞きました。
■日本では、犯罪被害者遺族の死刑を求める気持ちが重視されています。しかし、袴田再審事件などからも分かるように、死刑判決にも誤判があります。人命は、最も尊重されなければなりません。
私は、日本でも、死刑の代わりに、終身刑(仮釈放なし)を導入して、死刑を廃止することを考える必要があるのではないかと思います。
■ところで、シカゴの3月はとても寒く、雪が積もりました。レストランで食べたビフテキは、ビッグサイズで、日本の2人前くらいありました。味はイマイチで、日本のすき焼きやしゃぶしゃぶの方がよっぽど美味しいと思いました。
■ 司法書士が、抵当権抹消登記の際、本人意思の確認をしなかったとして、損害賠償請求された事件で、司法書士に責任がなかったとして勝訴しました。私は、司法書士側の代理人です。
■ 原告(女性)は、息子の友人の社長が経営する不動産会社に5億円を貸付け、不動産会社の土地に抵当権を設定しました。数年後に、社長は、新たに別の金融会社に融資を頼みました。新たな融資を受けるためには、最初の抵当権を抹消する必要がありました。
被告の司法書士は、金融会社から頼まれて、原告の抵当権抹消と新たな融資に伴う金融会社の抵当権設定の二つの登記を依頼されました。
司法書士は、原告(抵当権抹消の当事者本人になる)が取引当日に取引場所である金融会社に来るものと思い、その場で直接、登記意思を確認しようと思っていました。
ところが、取引場所には、社長とその友人である原告の息子しか来ず、原告は来ませんでした。しかし、社長と息子は、原告の委任状と抵当権の権利証(登記済み証)を持参しました。そして、原告は急用で来れなくなった、と説明しました。
司法書士は、原告の意思を直接、確認出来ず、不安がありました。しかし、社長及び原告の息子とは、初対面ではなく、以前に登記取引をしたことがあったので、2人を信頼して、抵当権抹消登記をしました。数年後、不動産会社は倒産し、社長と息子は行方不明となりました。
不動産会社倒産後、原告は、抵当権が抹消されていることに気付きました。原告は、権利証は社長と息子が、無断で原告の自宅から持出したものであり、委任状は偽造されたと主張し、司法書士と金融会社に対し、5億円の損害を被ったとして、その損害の内金8千万円の損害賠償請求を大阪地裁に起こしました。
■ 司法書士が登記をする場合、原則として本人意思を確認する義務があります。しかし、登記の迅速性の要求との兼ね合いで、どのような場合に、本人意思確認を怠ったとして、損害賠償責任があるかについては、責任を認めた判例や、否定した判例があり、裁判所の判断が分かれています。専門家責任訴訟の一分野です。最近の司法改革で、司法書士の権限が拡大されましたので、その責任が厳しく問われる傾向があります。
■ 私は、司法書士の代理人として、権利証と委任状が持参されたことなどを強調して、原告の意思を疑う事情がなかったので、司法書士に責任はないことを強く主張しました。
果たして、大阪地裁の判決は、司法書士の主張を採用し、原告の請求を棄却しました。その理由は、司法書士は、社長やその友人と以前から面識があったこと、その友人は原告の親族に当たるとの説明を登記前に受けたこと、権利証と委任状が持参されたことなどから、原告の登記意思を疑うに足りる事情はなかったとし、原告の意思を直接、確認するまでの義務はなかったとしました。
■ 原告は控訴しました。司法書士は高裁でも勝訴の展望はありましたが、裁判所から和解勧告もありましたので、地裁の勝訴判決を前提にして、少額の解決金を支払うことで和解解決しました。
■ 被告とされた司法書士は、「勝てると思っていたが、地裁で全面勝訴判決が取れて、うれしかった。そのうえ、高裁でわずかな解決金の支払いで解決して本当に良かった。」と喜んでおられました。
私も勝利的解決が出来てとても良かったと思いました。